カナダ留学 男一人旅  Yoshi's diary

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zoom RSS 逃避(改訂番)

<<   作成日時 : 2006/02/04 14:24   >>

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この間スペイン語のクラスでBorgesというアルゼンチン作家の
短編小説の一部を読んだ。

話は1850年代の話で当時Rosasという大統領のdictatorshipであり
普通に暮らしていた男が(多分、対抗政党かなんかの一員だった気が)
ある日突然、政府の秘密警察が家にやってきてそれから逃れるために
地下室に逃げ込む話。見つからないようにそれからずっと地下室に
住み続けることになるのだが、この地下室は暗く、外の音もなにもほとんど
聞こえないようなところで、dictatorshipがおわりでてきたときには
もうぼろぼろで人間のような姿ではなくなってしまっていた、という話。
そして、自分が誰でかすら忘れてしまっていた、と。

この話のメインポイントは3つ
1.圧政下で歴史に残らないような普通の人々の苦しみを描いている
2.地下に逃げたということの正当性
3.現代との類似点

1に関してはまあ、いいにして、2番。discussion questionのうちの
一つが地下に逃げた彼の行動はどう思うか?彼は臆病者か?
みすぼらしい姿になって自分を失ってしまうまでになって逃げる意味はなにか?
自由のために死を覚悟してでも戦うべきではなかったのか?
ということ。

みんな、「俺なら戦う」的な意見が多かったですが、
俺なら逃げを選びます。
だって、秘密警察に捕まって殺されちゃったらもともこもない。
もちろん、外部の情報がまったく入ってこないようなところにずっと
いるというのはあまり時代を変える、という意味合いで有効ではないと思うけど。
カナディアンとか先進国から人はたいてい、自由のために戦うべきだ、というのが
普通なようです。実際彼らはそうして、戦争を繰り返したり、国を離れて
あらたな地へ定住をもとめたりしてきた歴史があるので、そういうのも
背景にあるのだと思う。でも死んだらおしまい。他の人のために
俺は死ぬ、とかいう人もいるかもしれないが、自分が死ぬことで
どれだけの人が悲しみ、経済的社会的被害を被るか、ということを
考えると、自由のために戦う、というのが主観的にみても客観的にみても
良い決断であるとはいえないと思います。

実際にこの物語の人はすべてから隔離され結局のところ
生きたまま死んでいる、のような状態になってしまったので
これでは意味がありません。

大切なのは生き残ること。闘いに参加しても死ななければいいのです、生き残れば。
逆に逃げても死んでしまえば意味がない。
生きていても完全な圧制で自分が誰でなにをするべきなのかも
考えることを許されないような環境だったら、それはある意味「死」同然かもしれない。
そう考えると戦って死ぬことにも少し正当性が出てくるな。

そして、3番。
圧制の中とか、戦争中とかはこの話の男のように、脅威から逃れ生き延びるために
隠れいきる人は多い。でもこういう人達は実は現代にもいっぱいいる。
それも「現代化」された民主主義やcivilizedされた社会にだ。
最近日本でうまれている「ひきこもり」なんてすごくいい例だと思う。
彼らは社会からのpressure、親からのpressure、友達からの・・・etc,etc
という具合に様々なpressureや他の精神的に負担をかける物理的、精神的な
なにかに耐え切れず、自分の部屋、という空間に逃げ込む。
そして、外部と遮断された世界で生活するということは
自分がなにであるか、自分の世界がどんなものであるか?
人間ってなにか?生きるいみってなにか?そういうことが見えづらくなるということ。

人間は外部からのとのcommunicationによって自分のidentityや自我を形成していく。
ときには自分の中にある自分のイメージとの葛藤もあるが、そういうのも
自分を形成する一部だ。でも、もし外部とのinteractionが完全に
遮断されてしまったら、しかも外の世界への「恐怖感」を
抱きながらの生活を続ければ・・・肉体的精神的な崩壊があってもおかしくない。
civilizationでもrevolutionでもevolutionでもdemocracyでもなんでも
いいが、そして、westernaizationでもなんでもいいが、何百年たっても
結局の社会構造はかわらず、同じような種類の勝者と敗者を生み出していく。

なんとなくむなしくなってしまうが、これが人間なのだろう。
いや、社会のせいか?人間が社会をコントロールしているのか、
それとも人間は社会にコントロールされているのか・・・
でも、生み出したものが生み出されたものにコントロールされるなんて
よくあること。PolayniもMatrixも同じこと。人間は自分の心と体を
豊かにしているつもりで、実はそれに支配されていたりする。
いや、もしかしたら無意識的に支配されたくてそういうことをするのか、無意識的に。

人間とは複雑なものです。

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